美しい人〜とある真夏の夜に〜

Travis Japanとしめかけくんとわたし

待ちきれないHollywood

Travis Japanが人を惹きつける所以はつまるところなんだろうか?と、考えていた。

Travis Japanに興味のない人からしたら、なんとくだらないことを考えているのか…というところだろうが、私はTravis Japanのファンなので許してほしい。

私は昔からデータや信憑性や正論より、一番人を動かすのは感動(というと語弊があるかもしれない。感情に訴えかけること、と言う方がいいかな…?)だと主張してきたのだけど、実際みんな感動モノに弱いし、例え作られたものだとわかっていても特番で軽率に涙したりする。それが大きな行動のきっかけにだってなり得ている。
でも、それに反感を抱く人は必ず一定数いて、構えて見てしまう人がいるのも事実だろう。
実際のところ、好きなものは贔屓目に見てしまうし、つい心も揺さぶられてしまう。感情的に見てしまったり無意識ではあるが少し誇張して語ったり、時には歪曲していると思われてしまったことだって身に覚えがあるから、冷めた目で見られても仕方がない部分もある。

だから、Travis Japanにまつわる様々な件も、トラジャのファンがモンペで騒いでるだけだと思われているのかもしれないなぁと思う。勝手に意味づけしてドラマチックにしたがっている…と。

私自身はと言うと、過程や精神面に重きを置いているタイプの人間だし、ドラマには滅法弱い。身内もびっくりするほど涙脆い。
だから、逆境の中で頑張っている子達というのは設定としてはカンペキで、そういう子達を応援している自分に酔っているという側面は完全には否定はできないだろうなと思う。

しかも、何とも絶妙なことに私が生で初めてTravis Japanを観たのは拡輝*1 のいるTravis Japanとして最後の舞台だった。
まるで好きになることをお膳立てされているかのようでしょう?そこでひろしめひろしめと言われていた七五三掛くんを見つけてしまったなんて…

正直、不遇な環境で生き抜いている儚くも強く美しい少年達なんて大好物以外の何物でもない。
好きじゃなくても好きになってしまうに違いなかった。
数々の不遇はどこの誰の意図かは知らない。大人の事情か、本人達の意思かあるいは偶然か。
壁にぶち当たる度に神様は意地悪だなぁと思うけれど、逆にここまでドラマチックな展開なのは神が味方していると言っても過言ではない…と考え始めるくらいにはドラマチックというか青春群像劇そのものでもある。
(本人達が不幸とは言っていないのに勝手に不幸者扱いするのはとても失礼だと思うが、悔しい思いをしてきているのは確かで彼らが奮闘してきたことはこれまでのインタビューでも語られている。)

そもそもアイドルはステージに立っている姿と同時にその裏側の努力や苦悩、時に私生活すらも切り売りすることで生き様を見せるのが仕事のようなところがある。但し観客が信じ、感動できればよくて、全てをさらけ出す必要もなければ必ずしも事実でなくてもいい。
(というのは、結局本当のことというのはどこまで追求してもわかるものではなくて、それが事実だと信じることができたらそれが真実みたいなところがあると思うので、今回はこれ以上は言及しないでおきたい。)

そんなわけで、Travis Japanは幸か不幸か、アイドルとしてある意味最強のサイドストーリーを得てしまった…

だが、、

そこに価値を集約してしまうにはTravis Japanは勿体無いグループなのだ。


根っこに何があるかを全部すっ飛ばしてもパフォーマンスだけで人を惹きつけ魅了する力があるグループだから。

先ほど申し上げた通り、私が現場でTravis Japanを観て、七五三掛くんの担当になろうと思ったのは顕嵐*2 がいなくなり、拡輝のいなくなろうとしていた、まさにその頃で、まだ1年経たない。

でも私がTravis Japanというグループを知り、気になってひたすら動画を漁っていたのはそれより1年以上前のことだった。メンバーの名前もそれぞれのキャラクターも知らなかったけれど、ただただパフォーマンスが好きだった。何度も何度も飽きずに同じ動画を見てはため息をこぼしていた。

あの頃は本当に何も知らなかった。
トラビス・ペインに選ばれた子達だということも、PLAYZONEに出ていることも、舞台班だということも。
(青山劇場でのPLAYZONEが最後だということはリアルタイムで知っていたが、当時の私はジャニヲタと呼べるかも怪しいくらいの茶の間ファンで、しかもデビュー組にふわっと舞い戻ったところで、自分が舞台は愚かコンサートにすら通うようになる等とは夢にも思っていなかった…)
彼らがあまり少年倶楽部に呼ばれないことや雑誌にも定期的に載っていないこと、何一つ知らなかった。
でも踊っている姿が最高に好きだった。
パフォーマンスが好きだと思う気持ちや感動に彼らへの同情なんて必要なかった。

それからいろんなことを少しずつ知った。
気になることも胸がざわつくこともあったけれど、そこまで深く捉えはしなかった。していいのかもわからなかった。
私はまだ自担、自担ユニットとしてTravis Japanを見ていなかったから、当事者ヅラはできないという気持ちでそっと蓋をしていた。

でも七五三掛くんを見つけてから、自担として当事者としてTravis Japanを応援していこうという覚悟が決まった。
いろんな媒体を通して発信される彼らの言葉をなるべくたくさん拾ったし、彼らのこれまでのことも勉強した。
他のユニットより少し長い歴史を持つユニットにも関わらず、みんなが持っているオリジナル曲がなかったりオリジナル衣装がなかったり、悲しいこともあった。
未だに某アイドル誌には取り上げられていない。
でもそんなことの悲しさより彼らを見ていられることの幸せの方が大きかった。

もっと好きになった。
パフォーマンスだけで人を虜にする彼らが、ものすごく真っ直ぐにひたむきに前に突き進んでいることを知ってもっともっと好きになった。
(これが客観性に欠け、好きが好きを生み出し、事あるごとに涙して賞賛する、いわゆるモンペだということは重々承知である。)

ただ、敢えて意味づけしたり事実を歪めたりしなくても、彼らの歩んできた道はそのものが十分すぎるくらいにドラマチックだったのは事実だ。

この時、私はまだ「ドラマチックなサイドストーリーのあるアイドル」が「めちゃくちゃ高いスキルを持っていてすごいパフォーマンスをする」という二段構成として捉えていたと思う。

実際は背景はパフォーマンスに含有されていて、それ一つで全てを表していたのだが。

Travis Japanを見ていてよく思い出すことがある。
私は数年前にやっていたドラマのSHARKシリーズが好きなのだけれど、その中で松雪プロデューサーがドラマが大切だというようなことを言うところがある。
(申し訳ないのだが、私の記憶は不確かなので、詳細は皆様各々で見ていただきたい。)
仲間だった安井謙太郎くんをライバルグループに奪われ、仲間割れを繰り返しながら進む方向も定まらず、活動も制限され、行き詰まりながら少しずつ前に進む重岡大毅くん率いるCloud5。彼らにはドラマがある、と。
彼らの境遇は売れるための広告に使われる訳だ。
でも最終的に彼らの価値はドラマがあることではないし、同情が彼らの道を開いた訳ではない。
もがき苦しみながら立ち向かう中で最後に自分達の音楽、パフォーマンスを掴み、それを観客が受け止めるところで物語が終わる。
つまり、一見ドラマチックな境遇をダシに同情を買うことがプロデューサーの意図に見えるけれど、実は逆境を乗り越えるドラマそのものが観客を惹きつけるのではなくて、乗り越えることで生まれる彼らのステージが観客を惹きつけるもので、それを引き出すことが真の意図だったのだなぁと私は思って見ていた。

 

今のTravis Japanはまさしくそれなのだ。

ステージには彼らの生き様が出る。
サイドストーリーを知らなくても、彼らのパフォーマンスは魂を感じさせる。
褒めて下さる方はしばしばダンスが上手!と言って下さる。それは確かだし、私も幾度となく勧めてきたポイントであるけれど、技術だけの問題じゃないと私は思う。
ダンススキルの高さはもちろん抜きには考えられないけれど、パフォーマンスそのものから彼らの姿勢や想いが滲み出ていて、それが観る人の心に触れるのだなぁと思う。
そういうパフォーマンスなのだ。

と語ってみたところで、これこそがトラジャ担の戯言だと笑われるかもしれない。
(ここまで長ったらしいつまらぬ文章についてきてくれている方はそもそもトラジャ担だろうが…もし、ついうっかりここまで読んでしまった稀有な他担の方がいらっしゃればあと少しお付き合い頂きたい。)

 

本日9/29の少年倶楽部Travis Japan初の待望のオリジナル曲、『夢のHollywood』が披露される。

同情しなくていい、Travis Japanのことを何も知らなくていい。なんなら、初だとか待望だとかも聞き流して下さって構わない。
だから、とりあえず見てほしい。

トラジャ担からしたら、幾度となく壁にぶち当たりながら、それでも不遇等と嘆くことなく、グループのために今自分にできることを見つけ、止まることなく前へ前へ進んできたTravis Japanが「ここで見つけよう 輝く未来」と歌うのは特別な気持ちだし、「過去と別れを告げて 今ここでショーをして 明日はない覚悟して 今日を生きよう」と歌う姿は見る前から涙が出そうだ。もう既にEXシアターでも帝国劇場でも幾度も観ているのに…それでもそのくらい胸がいっぱいになる。

Travis Japanというのはユニット名だけれど、活動単位としての肩書きではなくて、精神というか心の在り方というか、ステージへの想い、姿勢みたいなものを表していて、それを失わない限りは一緒にステージに立たなくてもTravis Japanだし、何人でもTravis Japanだと思う。

物理的な意味合いを超えて一つになり、無限のエネルギーを発散させる、それをパフォーマンス一つで届けるところがTravis Japanの魅力だ。


肩書きや境遇に甘んじることなく、ステージで勝負し続ける彼らの姿がひとりでも多くの人に届くことを願っている。

 


*1 仲田拡輝:森田・川島・七五三掛と共にS.A.D.〜JR.Aを経て2012年Travis Japan結成当初からのメンバーで最年長、2016-2017年冬に帝国劇場で上演されたジャニーズ・オールスターズ・アイランドを最後の舞台に退所した。
*2 阿部顕嵐:2012年よりTravis Japan結成メンバーで主に宮近・吉澤・中村・梶山と弟組として活動していたが、2016年5月よりLove-tuneと掛け持ちとなり、2016年10月のABC座以降はLove-tuneでの活動が中心。現在はLove-tune専属のメンバー。

敬称略。